1977年生まれが振り返る小学校時代あるある
1977年生まれのわたしが、小学校時代を振り返って「これはあったな」と思うことを書いていきます。
今の小学生とはまったく違う環境でしたが、同世代なら思わずうなずいてしまう記憶も多いはずです。
ちょっと濃い目の黄色い傘
小学校低学年のころ、ほとんどの子どもが、少し濃い目の黄色い傘を持たされていました。
交通安全のためとは分かっていても、成長するにつれて少し恥ずかしく感じる存在でした。
それでも、雨の日にその傘がずらっと並ぶ登校風景は、今思うといかにも当時らしい光景だったと思います。
「志村けんのだいじょうぶだぁ」か「俺たちひょうきん族」
土曜日の夜は、「志村けんのだいじょうぶだぁ」を見るか、「俺たちひょうきん族」を見るかで、ちょっとした派閥がありました。
どちらを見るかで、月曜日の学校での話題が変わるほどでした。
翌週の教室では、前日のギャグを真似する子が必ず何人かいました。
変速ギアの自転車
男子の自転車といえば、黒が定番でした。
トップチューブにはティー字型の変速ギアがついていて、意味もなくカチャカチャ切り替えていた記憶があります。
片側だけについている折り畳み式のかごも特徴的で、少しでも大人っぽく見える自転車に憧れていました。
「りぼん」派と「なかよし」派
女子の間では、月刊漫画雑誌の「りぼん」派と「なかよし」派がはっきり分かれていました。
発売日の翌日は、どちらを買ったかが自然と話題になります。
回し読みをしたり、付録を自慢し合ったりするのも定番でした。
CDが登場した小学校高学年
小学校高学年ごろになると、CDが少しずつ身近な存在になってきました。
お小遣いを貯めて、生まれて初めてCDを買ったという人も多かったと思います。
ただし、借りたCDを録音するのはカセットテープが当たり前で、テープのA面B面を気にしながら録音していました。
給食は絶対に完食
給食は、どんなに苦手なメニューでも完食が基本でした。
どうしても食べられない場合は、昼休みや放課後まで一人残されることも珍しくありません。
今では考えられませんが、当時はそれが当たり前の光景でした。
光GENJIの大流行
光GENJIが大流行し、クラスの女子の多くが、かぁ君のファンでした。
下敷きやノート、話題の中心はいつも光GENJIだった記憶があります。
男子は特に興味がなくても、名前だけは自然と覚えてしまう存在でした。
ユーミンの「恋人はサンタクロース」
ユーミンの楽曲に憧れる女子も多く、大人の恋愛の世界を知ったような気分になっていました。
中でも「恋人はサンタクロース」は、クリスマスの定番曲として強く印象に残っています。
WINKの振り付け
WINKの曲に合わせて、振り付けを覚えて放課後に友達と踊るのも流行りました。
テレビで見た振りを、完璧に再現しようと必死だったのを覚えています。
放課後のテレビ番組
放課後に家へ帰ると、まずテレビをつけるのが日課でした。
定番だったのは「パオパオチャンネル」で、ピッカピカ音楽館の歌を何度も覚えました。
その流れで、「藤子不二雄劇場」を見るところまでがセットでした。
まとめ|1977年生まれの小学校時代を振り返って
1977年生まれの小学校時代は、今とはまったく違う価値観や環境の中にありました。
テレビ、音楽、遊び道具、学校生活のルールまで、どれも時代を感じさせるものばかりです。
不便な部分も多かったですが、その分、強く記憶に残る体験が多かった時代だったと言えるでしょう。